東京朝霧山岳会活動日記Ⅱ

会山行活動の簡単な報告です!

ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ上記画像:インド ガンゴトリ山群 バスキパルバット(6792m) ㅤㅤㅤㅤㅤ ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ ※各画像をクリックすると拡大されます

南会津 高杖高原

 29日大雪予想のニュースを聞きながら南会津へ、宇都宮辺りから雪となり西那須野塩原からの一般道は完全な雪道となる。スタッドレスタイヤの出番です。スキー場は本日が最終営業日とあってリフト券は半額でした。コースは新雪で未圧雪の為いたる所でこぶが出来、脚力の消耗がきつかったが、だんだん圧雪されて滑走しやすくなって来ました。晴れていれば、南会津地方の山々が一望できたのですが、午後はガスがかかり、展望は次の機会となりました。高杖高原からは、会津七ガ岳への登山道があります。貸切状態のペンションに一泊し、月曜日はスキー場に別れを告げ、田島の町から大内宿へと愛車を操り、すっかり観光地化された宿場で、蕎麦をすすり早めの帰宅となりました。奥会津は荒海山、駒ケ岳をはじめこれが日本の山の原点といった魅力ある山域です、今後計画を立てたいと思っております。( 伊藤 源 )

 

三浦半島 池子背稜 ~ 鷹取山

   この週末は首都東京への出入りが自粛されたが、それでも東京や千葉は1日60人以上のコロナ感染者が発生しました。不要不急の外出は自粛されているが、小生の原チャリ移動は理に適なっていて、我が意を得たりの上気分。今回の池子背稜の前に、以前から気になっている逗子の名刹岩殿寺の裏山偵察に行く。定石通りに寺の奥の院から登った稜線は、馬の背で若干の踏跡付藪漕だったが、両端共に住宅街への急崖となり敗退となる。この藪と蔓草の藪漕ぎは冬山のラッセル並みで、2Hrのタイムロスとなる。取付直しの池子背稜は、昔は三浦半島の生活横断道だったと知る。
六浦へ一旦下山した後、北尾根の末端から取付き鷹取山へと辿る。鷹取山の親不知フランケでは、強風の中をトップロープで攀る高齢クライマーを見て感動し、すれ違い時に礼の声掛けをする。反面、尾根歩き程度でヨレているタルイ自分へは喝。帰路の主稜線からの小尾根下山で、最後に急峻な切れ落ち斜面となり、またもや敗退で登り直し。
先達はあらまほしき事なり・・・か。 ( 朝霧  植田 )

f:id:asagiri33:20200328141436j:plain

 

前日光 火炉尻山

  日光有料道路今市から西小来川( にしおごろがわ )滝ヶ原手前の駐車場に09時頃到着。登り口が分かりにくいので30分程登山口を確認してから蕎麦屋の前を通って09:40に登山開始。急な坂を崩壊した伐採道を含めて植林された木々の間を40分登る。左からの尾根のジャンクションを過ぎると勾配が緩くなり30分で東小来川からの登山道と合流する。更に10分歩き頂上に11時着。小休止して11:10に下り始め12時に駐車場着。植林された木々の間から東側に鶏名山西側に夕日岳の稜線が見える。その他の視界は殆ど無い。登山中は誰とも会わない。登山口に蕎麦屋も休み。( 井上☓2 )

 

丹沢 鍋割山アプロ-チ偵察

鍋割山のアプローチ偵察に行ってきました。前々回の塔ノ岳のアプローチ偵察時と同様、丹沢裾野は第二東名高速の工事中で、また四十八瀬川奥部は表丹沢県民の森があり、開発中のゲート閉鎖された林道が幾つもあり、マイナールートのアプローチは難題です。集会で黒澤君が言っていた林道で迷うと言う意味が解りました。往路で2度通過するゲートは支林道なので、帰路で林道通しに下ると大倉に行ってしまうことも理解できました。丹沢は、登山道標識や土留丸太登山道等が完璧しているので、この確認が大切と感じました。ゲート閉鎖林道の終点取付には、鍋割山荘の満水ペットボトルが置かれていて、鍋焼うどん親父のボランティア荷上依頼看板が掲げられてました。鍋割山南尾根ルートは、塔ノ岳南尾根ルートに比べると全体傾斜も緩く楽なコースでした。塔ノ岳のPMハイク同様に数人の下山者には会いましたが夕方の頂上に人は無く、荷上した4Lのペットボトルは小屋前に置いて下山としました。今回も西正面の富士山が立派な丹沢で、ラッキーでした。 ( 朝霧 植田 )

f:id:asagiri33:20200326160459j:plain

東丹沢 鐘ケ嶽~日向山

     丹沢山から3日、ズタボロ疲労も癒えてきたので、鐘ケ嶽ー日向山ハイクに行ってきました。鐘ケ嶽東尾根は、各丁目毎の石碑が続くトレイル道で、幅広く踏固められた下半の尾根道と上半の石まみれ急坂は、典型的な講中道でした。特に頂上直下の浅間神社の寄進石段は400段近くも有り、信仰の深さを感じました。頂上からは山神隧道への鎖付急坂を下り、大沢林道の弁天岩ゲレンデを見て、日向山に登りました。日向薬師からは薬師林道を七沢温泉、そして鐘ケ嶽取付へと戻りました。 ( 朝霧 植田 )

f:id:asagiri33:20200326132843j:plain

 

上越 天神尾根~谷川岳

3/21 : 夕方、土合駅に車で到着。3年振りだが周囲を見ても雪が凄く少ないのと、駅の改札内部が喫茶店になっていたのにはびっくりした。アルコールとキムチ鍋で満腹になり20時過ぎには就寝。

3/22 : ロープウェイの始発に乗り天神平に着く。アイゼンを付け歩き出すがアキレス腱炎で6か月、運動も山にも行ってないので10分もしないうちに、平均年齢65歳のメンバーから遅れだす。熊穴沢の避難小屋は埋まっていた。25年振りだが肩の小屋への登りはこんなに急だったかなあと思う。ピッケル無しのストックで登って行く若い女の子達やらストック登山者が多い。隔世の感を覚える。ヘロヘロになりながらトマの耳に着いた。天気が悪くなり吹雪、みぞれになったが、すぐに回復して問題なく下山した。アキレス腱、ふくらはぎの筋肉が痛かった。当分時間がかかりそう。( 山口他3名)

f:id:asagiri33:20200322072429j:plain

 

  

丹沢 塔ノ岳~丹沢山~新大日

   体調改善のリハビリ里山ハイクも50回を超えたので、50年振りに低山ハイクの雄である丹沢山にチャレンジして来ました。取付の天神尾根から登り出た大倉尾根は、朝8:00というのに次々に登ってくる俊足ハイカーとトレイルランナー。
また、2週間前の偵察塔ノ岳ハイクでは、平日の夕方ということもあってか人っ子一人居なかった頂上には、4~50人の多量ハイカー。丹沢山への稜線は、想定通りの雪融け泥濘道で長靴が大正解。そして、笹道帯や苔生したシナノキ帯は、正に天空満歩の気分でした。春の彼岸の中日、西方の富士山に向かい、朝霧関連の皆様のご冥福をお祈り致しました。終着点の丹沢山にも50人程の多量ハイカー。更に、帰路の塔ノ岳には100人を超えるトレラン若者・スポトレ中年、そして小生同様のW杖の老人老婆。新大日への表尾根下りでは、次から次へと登ってくる人々とのガラ場での譲合い。時間もあったので、集会での塚田君の三ノ塔尾根下山の誘惑にも駆られたが、出合残置の原チャリの回収とヨレバタの自分を考えて、政次郎尾根を下山する。里山ハイクとは異次元の俊足ハイカーやトレラン若者、そして老人引率の老婆グループと、山登りのエクササイズ化、レジャースポーツ化を感じました。7.5時間でズタボロの自分には、学ぶことの多い一日でした。 ( 朝霧 植田 )

f:id:asagiri33:20200321102049j:plain

( 里山歩きからヒマラヤ登山・・・それが我々のフィールドです ) ㅤㅤㅤ 東京朝霧山岳会