東京朝霧山岳会活動日記Ⅱ

会山行活動の簡単な報告です!

ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ上記画像:インド ガンゴトリ山群 バスキパルバット(6792m) ㅤㅤㅤㅤㅤ ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ ※各画像をクリックすると拡大されます

茨城 八溝山

09/23(水):曇り19℃   八溝山は茨城県の最高峰で栃木県、福島県にまたがる山である。13年前はドライブで尋ねたが登山では初めてである。1か月登山無しだったので短い旧登山道ルートにした。蛇穴駐車場登山口から車道を歩き出し15分も登ると参道から右折し10分登ると旧道登山口に着く。登山道を登り1回目の休憩。雨上がりで蜘蛛の糸が活発でうざい。さらに登って行くと車道に合流するが見晴らしが良いところだ。すぐに日輪寺入口になり登山道は右のマナイタ沢に降りる。ひんやりとする道から水量の多い沢を渡り再び登ると日輪寺に着く二回目の休憩。こんな所に大きな寺院よく作ったものだ。数台車両が有った。冬は閉鎖されるらしい。車道から背の高さの登山道でようやく八溝山神社に着いた。山頂にはお城の形の展望台だが棚倉、石川の街並み以外はガスって見えない。下りは白毛水、龍毛水、鉄水、金性水をまわりながら日輪寺分岐に合流した。展望の良い場所では車の後部ドアを上げ大きな椅子に巨大な三脚のカメラで対岸の山並みに向かってる人がいた。鳥を狙っているそうだ。時を忘れた楽しみ方も良いものだ。コーヒーを頂きしばし談笑。登山道を下り一回休憩して登山口に降りた。帰りはシルバーウイークの影響で利根川の橋を渡るだけで45分かかった。( 山口 )

千葉 印西⇒圏央道牛久阿見IC=常磐道那珂IC⇒袋田の滝⇒蛇穴登山口(07:10-07:24)⇒日輪寺(09:28-09:41)⇒八溝山(10:10-10:25)⇒湧水地⇒蛇穴登山口(12:20-12:30)車両⇒那珂IC⇒常磐道⇒圏央道⇒千葉 印西(18:00)

 

福島 阿武隈山地 宇津峰(677m) 天狗山(626m)

8/23:晴れ 今回の目的は未だに見たことない「レンゲショウマ(蓮華升麻)」を見る事である。「日本特産の多年草。直射日光が当たらない湿り気のある落葉樹林の中でシャンデリアのように下向きの淡い紫色の花を咲かせて森の妖精とも呼ばれている。」とある。同行者はサークル仲間で花と温泉が大好きな先生二人である。福島県須賀川市の市民の森駐車場から歩き出し30分も林道歩くと登山道になる。前日の雨の為か全体に湿っている。登山道にはホトトギスの花が結構咲いている。一時間で頂上に着いて山行記録からレンゲショウマを探すが見当たらない。下から上がってきた人に聞くと下の「林道終点の東屋の上に2輪咲いてました」とのことを。頂上から急下りを降りるが無い、東屋も見えてきた。ダメかなー。何気なく左の踏み跡を進むとあった!二輪咲いてたレンゲショウマだ。赤テープで囲われているが二輪だけだった。一番花は枯れていたた。二番花だ。他の登山者に聞くと一週間遅かったと言われるが大きいし紫の色もある。二人の先生も「おしいなぁ!」とこぼす。駐車場に降り次の白河市表郷の天狗山に向かう。

天狗山は今日が「レンゲショウマ祭り」開催日だ。駐車場には数えきれないほどの車がぎっしりで人気のほどがうかがえる。天狗山は4月末に来てニリンソウ、ショウジョウバカマ、ヤマブキソウ等を見に来た以来だ。駐車場から左方向へ歩き出すとものの数分で「レンゲショウマ」が右に左に咲いている。結構上まで咲いていた。花の大きさが少し小さいが下から見ると正しく妖精だ。道に沿って上がって行くが右に左に群生地になっている。たまにホトトギスが咲いている位だ。たっぷりレンゲショウマを見て写真撮って登って行くと出会いの鐘がある。鳴らしてそのまま天狗山に登り下山した。帰りは棚倉の湯に入り山行を終えた。( 山口他2名 )

 千葉印西 (04:30)車両⇒圏央道⇒常磐道⇒磐越道小野IC⇒須賀川市民の森登山口(07:50)⇒宇津峰(08:50)⇒市民の森登山口(10:20)⇒白河市表郷番沢登山口(11:45)⇒天狗山(13:00)⇒登山口(13:55)⇒国道349号⇒常磐道日立IC⇒圏央道⇒ 千葉印西 (19:20) 

 

北ア 大喰岳~奥穂高岳

  これまで、西穂高岳から槍ヶ岳の縦走は、1983年5月単独、‘88年12月小嶋豊氏と、‘12年7月単独の3回であり、槍ヶ岳からの反対のコースは、一昨年、昨年と不成功に終わっている。今年古希となり登山人生最後の締めくくりとして、その3回目に挑むことにした。今回のルートも、上高地〜槍沢〜槍ヶ岳〜大キレット〜北穂〜奥穂〜西穂高〜上高地を計画した。
【8月22日 (土)、晴れ】前日の新宿バスタから深夜高速バスは朝5時半に上高地バスターミナル(標高1,504m)到着した。バスターミナルを6時前に出発する。槍沢ロッヂまでは約14km、標高差約300mの花崗岩の白いマサの平坦な歩道を歩く。河童橋、明神、徳沢、横尾、一ノ俣、そして、11:18、槍沢ロッヂ(1,820m)に到着し、本日の行動を終了した。 
【8月23日 (日)、晴れ】朝4時前にヘッドランプを点けて槍沢ロッヂを出発する。今日は長い行程になるので、朝食を弁当にして早出したが、これが誤りだった。年齢のせいで食欲が湧かず、弁当がエネルギーにならず荷物になってしまった。きちんと朝食を食べておけばよかったと反省。ババ平から次第に空が明けてきた。水俣乗越分岐から天狗原分岐、グリーンバンド、そして8時半に播隆窟に到着。そして、やっと10時半、槍ヶ岳山荘(3,073m)に到着。ロッヂからここまで標準時間が4時間半に対し6時間半かかった。槍の穂先には多くの登山者が取り付いているので、登頂はパスし、(これまで13回登頂)先を急ぐことにした。飛騨乗越を経て11時半、大喰岳(3,101m)、12:16、中岳(3,084m)、天狗原稜線分岐を経て14時、南岳(3,033m)に到着、14:10、難路・大キレット北側にある静かな南岳小屋に到着した。南岳小屋に泊まるのは今回が初めてだ。 
【8月24日 (月)、晴れ】昨日の朝の反省を生かし小屋で朝食を摂った。5時半に南岳小屋を出発。この日は登山ツアーの集団を追いかける行動となった。また十人ぐらいの後続者に追い抜かれている。獅子鼻岩を過ぎたあたりから道が険しくなる。キレット最低鞍部まで約230mの急峻な下りとなる。鎖が連続するところから、2段の長い鉄ハシゴを下り、なだらかな稜線へ続く、そして大キレット最低鞍部(2,748m)を通過する。鞍部から登りにて転じ、長谷川ピーク、馬ノ背状の岩場、A沢のコル、飛騨泣きと登り北穂小屋に到着する。小屋のテラスで休憩する。そこからわずかに登って9:50、北穂高岳北峰(3,106m)に到着、松濤岩のコル、南峰からの分岐を経て、奥壁バンドを150m横断する。涸沢槍は岐阜県側を巻きD沢のコル、オダマキのコルから13時、涸沢岳山頂(3,110m)に到達する。ここからは、緩やかな下りになり、13:33、多くの登山者で賑わう穂高岳山荘に到着した。
【8月25日 (火)、晴れ】朝起きると足が筋肉痛だ、ここで無理をして西穂に突っ込んではいけないと心が囁いた。西穂高岳への縦走は断念した。ただし、奥穂高岳だけは登っておこうと、空身で登ることにした。穂高岳山荘を5:35に出発し6:15、奥穂高岳(3,190m)山頂に到達。快晴で、ここから槍ヶ岳までの主稜線そして焼岳・乗鞍岳、南アルプス、八ヶ岳連峰、富士山などが遠望できる。山頂には数人の登山者で混んでいる。穂高神社嶺宮で登頂写真を撮り下山を開始する。山荘に戻りザックを回収して、涸沢に向けてザイテングラートを下降する。10:30、涸沢ヒュッテ到着。横尾山荘の宿泊受付の時間調整のため2時間ほど、ここで昼休みとする。パノラマ売店でカレーを食る。広いテラスにいると直射日光で暑いので、売店の屋根付きテラスで時間を過ごす。本谷橋で小休止。横尾谷の登山道から、1986年8月16日、伊藤 守氏と登攀した屏風岩東稜ルートを目で追い若いころを懐かしむ。15:35、横尾山荘に到着した。
【8月26日 (水)、晴れ】朝、6:10、横尾山荘を出発する。原生の森の中は、朝の冷たい空気が気持ちよい。徳沢、明神を経て9時前に、多くの観光客で賑わっている河童橋、上高地バスターミナルに到着した。9時半の路線バスで帰路に着いた。
(まとめ)今回は、天候に恵まれこの上ない登山日和となった。しかし、老いた体はかつてのような登山をすることができない。どのように足掻いても年相応な登山をするしかないようだ。古希を迎えた今回の登山は、人生最後の槍穂高縦走になるのだろう。(塚田)

【8/22】上高地バスタ(5:57)~(6:04)河童橋~(6:45)明神~(7:42)徳沢(8:02)~(9:02)横尾~(10:25)一ノ俣~(11:18)槍沢ロッヂ(泊) 
【8/23】槍沢ロッヂ(3:55)~(4:40)ババ平~(5:30)水俣乗越分岐~(6:47)天狗原分岐~グリーンバンド~(8:32) 播隆窟~(10:30)槍ヶ岳山荘(10:55)~(11:00)飛騨乗越~(11:26)大喰岳~(12:16)中岳~(13:31)天狗原稜線分岐~(14:00)南岳~(14:10)南岳小屋(泊)     
【8/24】南岳小屋(5:30)~(7:11)長谷川ピーク~(7:45)A沢のコル~(9:35)北穂小屋~(9:50)北穂高岳~(11:45)涸沢のコル~(13:00)涸沢岳~(13:33)穂高岳山荘(泊)              
【8/25】穂高岳山荘(5:35)~(6:15)奥穂高岳(6:30)~(7:30)穂高岳山荘(7:55)~(10:30)涸沢ヒュッテ(12:30)~(14:15)本谷橋~(15:35)横尾山荘(泊)
【8/26】横尾山荘(6:10)~(7:02)徳沢~(7:35)明神~河童橋~(8:55)上高地バスタ

 

東北 八幡平 畚岳(1,578m)

   帰省先の大館市から車で3時間余り、春スキーのメッカ裏岩手連峰の畚岳に行ってきました。愛車のTANKに妻と二人、大館市市街を抜け米代川沿いに高度を上げ、旧花輪町の先からは、いよいよ十和田八幡平国立公園です。春スキーで辿った道を、今度は八幡平山頂迄一気に登り、八幡平アスピーテラインから、八幡平樹海ラインに入り裏岩手連峰登山口の駐車スペースには、先客はおらず、身支度を整え妻を残し、時折雲の架かる畚岳を目指し、時折熊避けのピストルを鳴らし、よく整備された登山道の道標を確認して歩を進めました。八幡平は高山植物の宝庫で、時折歩みを止めて柄にもなく花の名を検索し、40分程で畚岳山頂に到着し、展望を愉しむ事が出来ました。なんでも山名の由来は、山容が昔の土木作業で使われた運搬用具の畚に似ているからだそうです。登山口へ戻る道で、響きの良い鐘の音を響かせた、二人連れの女性とすれ違い30分程で戻ることが出来ました。その後は、八幡平ビジターセンターに立ち寄り、馴染みのふけの湯温泉で汗を流し、帰宅となりました。なんでもふけの湯温泉に入ると、子宝に恵まれるそうです。今度は、畚岳からスキーで下りたいものです。八幡平周辺は温泉の宝庫です。(伊藤 源)

裏岩手連峰登山口9:50~畚岳10:30~裏岩手連峰登山口11:00

北ア黒部、奥鐘山西壁京都ルート - 東京朝霧山岳会活動日記Ⅱ (hatenadiary.jp)

裏筑波 女体山

   裏筑波山の女の川〜女体山〜男の川を登山しました。目的は希少植物の「イワタバコ」を見る事でした。日の当たらない常に湿った岩の苔の上にしか咲かない花です。星の形をして下から見ると小雀が口を開けてるようにも見えます。花の寿命は3〜4日で今回はばっちりで当たりました。小さな石にも大きな石にも一面に咲いていました。筑波山神社の所有地は山頂付近の神社、観測設備周辺。その他は国有地や私有地です。公にされていないルートは出口、入口にはロープが張られ、各ルートの樹木のテーピング、スプレーも削られ近年はバリエーションルートの登山報告は無くなりつつあります。筑波山のカタクリ、ニリンソウ、イワタバコも写真を撮った場所を報告すると人が押し寄せるので今後は、筑波山のバリエーション山行の報告は無しにしようと思います。( 山口、他3名 )

富士山 吉田口ルート

  毎年恒例の富士登山は、今年で24回目を迎えた。昨年は交通渋滞による寝不足がたたり八合目(標高3,250m)で撤退となった。今年は古希を迎えたが、これまでと同様に吉田口の馬返し(1,450m)から成就岳(3,735m)までの日帰り登山に挑んだ。
【7月31日 (金)】昨年の反省を踏まえ、早めに自宅を車で出発する。谷村S.Aで仮眠をとり、翌日の深夜1時に吉田口の馬返し駐車場へ向かった。
【8月01日 (土)】深夜2時に馬返し駐車場に到着。数台が停まっているだけで、まだ十分な余裕がある。準備を整え、漆黒の小室浅間神社の遥拝所から2時55分に出発する。ヘッドライトは足元だけしか照らしていないので歩きにくい。熊除けにラジオを鳴らして歩くが、小型のため音量が足りているか不安であった。近年、馬返しから登る登山者は吉田ルート全体の1割程度といわれている。4時半頃には東の空が白み始めた。日の出は4時52分である。五合目の佐藤小屋(2,230m)には6時26分に到着。六合目の富士山安全指導センター(2,390m)で通行料金のチェックを受け、リストバンドと木札を受け取った。本日の天候は無風快晴で、半袖1枚でちょうどよい気温である。荷物は、日帰り装備だが行動食と非常食を多めに持ったため、大半は残ってしまった。飲み水は2リットルを消費した。スポーツクラブでの登山トレーニングの成果もあり、体調は良好である。北岳の標高3,193m付近を越える頃から、高度障害の影響が出始め、頭痛は無いものの歩みはゆっくりとなった。14時45分、吉田口・須走口山頂(3,720m)に到着。多くの外国人で賑わっていた。目的の一つである久須志神社に向かい、富士山頂限定の浅間大神の御札を購入した。15時04分、本日の最高地点である成就(じょうじゅ)岳(たけ)(3,735m)のに到着。火口に雲が流れる様子は、まさに八葉九尊の曼陀羅の世界を思わせる。なお、お鉢巡りをする登山者は全体の3~4割程度といわれている。毎回ここまで来ても、富士山最高峰の剣ケ峰(3776.12m)に向かうことは少ない。帰りが遅くなるという時間的な理由による。成就岳で登山客に到達記念に写真を撮ってもらった。吉田口ルート下山道を、刻々と形を変える夏の雲を愛でながら下っていく。最近新設されたという2か所のトレイルシェルターを見学し、18時30分に佐藤小屋へ到着した。最後の難関は、暗くなった五合目からの下りである。にわか雨がぱらつき、雨具を着たり暑くて脱いだりと慌ただしく、時間を費やしてしまった。21時55分、馬返し駐車場に到着。19時間の行動が無事終了した。
【8月02日 (日)】車で仮眠し、翌朝に帰玉した。
(まとめ)今回は古希を迎えた節目の富士登山となった。昨年は途中で登頂を断念したため、今年は登りきれるか不安があったが、何とか吉田口・須走口頂上を踏むことができた。来年は、1泊2日のゆとりある富士登山を計画したい。(塚田)

馬返し駐車場(2:55)~(6:26)五合目(佐藤小屋2,230m)~(8:31)七合目(2,710m)~(9:22)東洋館(3,000m)~(13:45)九合目(3,570m)~(14:45)吉田口頂上(3,720m)~(15:08)成就岳(3,735m)~(16:09)八合目~六合目安全指導センター~(18:30)五合目佐藤小屋~(21:55)馬返し駐車場

 

奥武蔵・秩父 武甲山

ここ2~3年前から、山に行き始めた10代に登った山をおさらいしたいと思っていて、武甲山もその一つでした。昭和40年代後半真新しい駅舎の西武秩父線に乗った事が、微かに思い出されます。当時の職場の仲間は、今はどうしているのでしょうか。朝、武蔵野線の始発電車に乗り、西武秩父線横瀬駅に降り立ち、身支度を整えタクシーの誘惑を断ち切り、しばらく歩くとそこには圧倒的存在感の武甲山が聳えていました。横瀬町は観光事業に力を入れていて、至処に案内板があり、それは地元の住人によりきれいに保たれていて、発破の音も歓迎しているかの様に響いています。登山口の一の鳥居の駐車場には、既に30台近くの車が居て既に出発した後の様です。よく踏まれた表参道の登山道をひたすら登り、500㎖のボトルが空になった頃やっと武甲山御嶽神社奥宮に着き、展望もそこそこに子持山に向かう事にしました。それにしても山頂にあれだけの立派な建物を建てた、信仰の力には恐れ入りました。急な下りを慎重に進み、子持山の登りに掛った辺りで右ふくらはぎが攣り、汗かきすぎ、塩分不足です、と身体が警報を発していて、ここは無理をしないで下山した方が良いと判断して、シラジクボ迄戻り、表参道に向かって舵を切りました。林間のジグザグ道をゆっくり進み、合流地点からは生川の流れに沿って一の鳥居迄戻り、きれいなトイレで顔を拭き、バイクのあんちゃんと二言三言戯言を交わし、又してもタクシーの誘惑を後に横瀬駅を目指しました。石灰の工場は日曜日でも稼働をしていて、そうかプラントは停めれないんだ、と一人納得をして武甲山に雨雲が掛かり始めた頃横瀬の駅に着きました。今回は昭和40年代の雰囲気でと、革靴、ニッカズボン、キスリングと云うスタイルでしたが、関心を持って声を掛けてくれたのは、やはり年配者だけでした。心肺能力の衰えか先行者には追い付けず、後続者には追い抜かれ、熱中症が心配だったので、塩飴を舐め、水分も多めに持参しましたが、消化吸収機能の衰えか足は攣り、何事も継続は力との思いを新たにしました。トレーニングをしましょう。( 伊藤 源 )

横瀬駅 8:30~一の鳥居10:00~大杉12:00~武甲山13:10~シラジクボ14:00~表参道合流15:15~一の鳥居15:45~横瀬駅17:20

武甲山資料館みる 

www.bukohzan.jp

( 里山歩きからヒマラヤ登山・・・それが我々のフィールドです ) ㅤㅤㅤ 東京朝霧山岳会